カテゴリ:杜の都( 3 )

 

静かな時間

本日2回目の投稿です
(わんこブログは前の記事です^・^)

今週は私の大学時代の友人が来仙しました♪
主人も2時間ほど仕事を早めに切り上げてお食事会へ・・・

伺ったのはこちら
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曹洞宗五峰山 松音寺

この日はチベット仏教の高僧 アジャ・リンポチェ師による
東日本大震災の犠牲者に捧げる慰霊のための法要と
緑多羅菩薩様のご供養
そして瞑想レクチャーが行われ
それらに先だってお食事会も催されました

私の友人は馬頭琴を奏しダライ・ラマ師の前でも演奏したことがあります
彼女は今回も、リンポチェ師のアテンドで来仙

モンゴル国から勲章も授与されている彼女はモンゴル語も流暢で
お食事中リンポチェ師との間で通訳をしてくれました

震災後何度となく仙台を訪れては
仮設住宅の集会所などで馬頭琴の演奏を披露し
お茶会などを開いては楽しい時間を提供してくれた彼女

学生時代からとってもほんわか~な明るく和み系の人
彼女の弾く馬頭琴はモンゴルの草原、駆け抜ける馬たち、風、雲、空・・・
目の前にそのような情景が繰り広げられる
そんな音色を奏でます


お食事はベジタリアンフード

「うれしや」さん特製のお弁当でした♪

松音寺は実は我が家からは徒歩10分もかからないところにあります
「うれしや」さんはもっと我が家寄り^^
でも知らなかったな~~
お野菜と穀物だけなのに中身盛りだくさんで本当に美味しかったです


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こちらがグリーンターラー
とってもチャーミングな菩薩様です
震災後にリンポチェ師から松音寺に・・・

瞑想の時間も日常では味わうことの出来ない静かな時間でした


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リンポチェ師との記念撮影^^

笑顔の優しい本当に素晴らしい方です



最後に・・・
こちらの松音寺

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かつての若林城の大手門が移建されてます

そうそう!数週まえのブラタモリで若林城やってましたね^^
今は仙台刑務所だとか・・・

それにしても正宗サマ
隠して2つ目のお城作っちゃうなんて

basaraの主人公になっちゃうわけよね^^


今回の法要はアメリカ人のジェフ氏が通訳に入り英語で行われたのですが、
主人と「やっぱり英語くらい話せないとね~」と言って帰ってきました

正宗サマの

Here we go!!

もカッチョイイですし
(^_-)













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by 7qtcp837iw | 2015-08-07 22:03 | 杜の都 | Trackback | Comments(0)  

待ってました!

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じゃじゃん♪

ご当地フレーム切手 羽生 結弦 選手

発売された翌日に郵便局へ買いにいったら
即日完売で売り切れでした

ネットで申し込んでいたものが本日届きましたよ
γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞわーい!


娘は杜の都で生まれたものの
一歳半で横浜へ

転勤さえ無かったら羽生君と同じ中学校だったのに~~
一学年後輩になれたのに~~

とここでぼやいても仕方のないことですね^^

でもやっぱり勝手に身近な存在なんです(*v.v)。

杜の都のヒーローです!

話は変わって

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本日もお散歩日和

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相変わらずバックインのまる君と

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どこまでも歩きたいこまちさん

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しつけ教室の復習復習
上手について歩けるかな

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むむむ・・・
こちらも相変わらずのウイリーちゃん

まだまだ前途多難です


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お二方並ぶと大きさが随分違うね!
たった500gの差なんだけど~

人間でいうと40キロと50キロの差?
やっぱり違って当然なのかな^^


合ってる?間違ってる~?
(●´ω`●)ゞ




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by 7qtcp837iw | 2015-04-02 20:06 | 杜の都 | Comments(2)  

想い


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(200mmの望遠で撮ってます)

我が家のベランダから見える海

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晴れた日には沖行く船が見えます


この部屋に越してきたのは
2010年の秋

まるは生後6か月でした


4年前の3月11日

翌日が卒業式だというのにねえねは熱を出して家におりました
緊急地震速報がインターホンから鳴り響き・・・
ママは
和室で寝ていたまるを抱っこし
ねえねに声を掛け
玄関へと続く廊下に避難

揺れが来るまでほんの一瞬でしたが
鳴り響く速報のおかげで
安全な場所へ身を置くことができたと思います


語りたいこと伝えたいことは
沢山ありますが
あまりにもたくさん過ぎて
・・・・

今は一つだけ

あの日

揺れが収まったあと
食器棚から飛び落ちた瀬戸やガラスの破片を片づけつつ
ふとベランダの外に目をやると
真っ黒い海が見えました

あれ?随分手前まで同じように黒い

あの日の天気はぱっと晴れたり
突如暗くなって吹雪いたり
とっても寒くて
とっても目まぐるしい空模様でした

だから

手前まで真っ黒いのも
光の加減かな

そう考えたことを覚えています

あの黒い海を目の前にしても
津波のつの字も思いよらなかった

揺れから津波の到達まで
十分とは言えないけれど
時間はあったはずです

まだまだ助かる命はあったはずです

あれほどの波を想定できた人はどのくらいいたでしょう
今の私たちが確実にできることは伝えること

伝えていかなくてはいけない
強く強く思います


3月11日
亡くなられた方々のご冥福を祈り
震災の記憶を改めて心に刻む日にしたいと思います














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by 7qtcp837iw | 2015-03-11 13:55 | 杜の都 | Comments(0)